瞬間湯沸かし器やガス漏れによる一酸化炭素中毒(CO毒)事故がテレビや新聞を騒がせています。1986年以降20年間に一酸化炭素中毒で199人が死亡したと報告されています。
なぜ、一酸化炭素(CO)は、毒性が強力なのか。医学的面から考察しました。
地球上のすべての生物はATP(アデノシントリホスフェイト:アデノシン3リン酸)をエネルギーとして生きています。ヒトもその例外ではありません。ヒト(成人)は1日に約50〜60kgのATPを必要としています。
しかし、ヒト(成人)の体内には約100gのATPしかありません。
それゆえ、100gから50〜60kgのATPを一日500〜600回のリサイクル(ATP⇔ADP+Pi)で作っているのです。
脳は、1日10kgのATPが必要です。脳には1gのATPしかなく10kgをリサイクルで作るためには10,000回/日を行う必要があります。
すなわち、10〜15秒に1回リサイクルをするために酸素が必要です。
それゆえ、4〜5分の酸素不足で脳死になりやすいのです。 このATPを作る方法は地球上に3つしかありません。
ヒトはその中で2つの方法でATPを作っています。すなわち、正確にいいますと解糖系(エムデン・マイアホッフ経路)と酸化的リン酸化系(クエン酸回路:クレブス回路)です。
前者は酸素(O2)が不要でATPが作られますが、後者は酸素が必要です。約90%のATPは酸素を必要とする酸化的リン酸化系で作られています。
ATPは、飲んだり注射しても体細胞には入りません。それゆえ、ヒトの細胞を構成する約60兆の細胞でそれぞれATPを作る必要があるのです。
ヒトの場合、この必要な酸素(02)をヒトの体細胞に運ぶ役割をしているのが、赤血球[血液の有形成分の大部分(容積約50%) 男500万個・女450万個/1mm3血液の寿命は約120日間]内にあるヘモグロビンです。
ヘモグロビン(Hb)は、成人(Adult)ヘモグロビンA(HbA)と胎児(Fetal)ヘモグロビンF(HbF)の2種類があり、ヘモグロビンFは、生後数ヶ月でヘモグロビンAにおき変わります。 ヘモグロビンAとFの違いは、構成しているタンパク質の違いによります。
HbA(α2β2)とHbF(α2γ2)となっています。
ヘモグロビンAとFも1分子内に4個の補欠分子族(配合族)のプロトヘムをそれぞれ持っています。プロトヘム中の金属鉄(Fe3+)は2価の鉄(Fe2+)でないとヘモグロビンとしての酸素(O2)を運ぶ機能を持ちません。
それゆえ、ヒトの赤血球では、ヘモグロビンのヘム鉄(Fe3+)を還元して2価鉄(Fe2+)とするためにNADH-シトクロムb5還元酵素(別名メトヘモグロビン還元酵素)[ナイアシンとリボフラビン(ビタミンB2)の2つのビタミンを含有している]が働いています。 まれですが、この還元酵素に異常がある人がいますが貧血症状となり治療(遺伝子療法)は現状では容易ではありません。
ヘモグロビンビA(α2β2)とF(α2γ2)はヘモグロビンの鉄(Fe3+)が2価でないと酸素も一酸化炭素もヘモグロビンに結合できません。
ヘモグロビンの酸素(O2)と一酸化炭素(CO)の結合力を比較した場合、一酸化炭素(CO)が酸素の250倍も強力で酸素(O2)を押しのけてしまいます。 それゆえ、一酸化炭素(CO)がヘモグロビンと結合し酸素(O2)を細胞に運ぶことが不可能になります。
その結果ATPのリサイクル合成が出来なくなり一酸化炭素中毒死するのです。
45年前、大阪の某産婦人科病院で火災があり、急いで出産して間もない乳児を助けようとしたのですが、助けに行った大人は一酸化炭素中毒で次々と廊下に倒れ、誰しも青ざめたのですが、やっとのことで乳児を救い出してみると、何事もなかったかのようにピンピンしていました。
どうしたのだろうと調べてみますと、乳児のヘモグロビンFは、妊娠中胎盤を介して母体から酸素を受け取るために好都合に出来ているのです。
一酸化炭素(CO)の結合したヘモグロビンA(HbA)は光が当たるとヘモグロビンAから一酸化炭素(CO)ははずれます。
この事実は1926年(昭和元年)ドイツの医学者 オットー・ワールブルグ(O.H.Warburg)[1931年(昭和6年)呼吸酵素の研究でノーベル医学生理学賞受賞]が発見しました。
彼は、ユダヤ人でしたが第2次世界大戦中もベルリンに留まり研究を続けました。彼の弟子からは10名(上記のマイヤッホフやクレブスも弟子です)近いノーベル賞受賞が出ています。
一酸化炭素中毒の患者さんに治療として光をあてるのは、光によりヘモグロビンAから一酸化炭素が解離するからです。
加えてヘモグロビンの役割は酸素(O2)を細胞に運ぶのみならずヘモグロビンのタンパク質の部分(アミノ末端)で炭酸ガス(CO2)と結合して体内の全炭酸ガスの約25%(他は血しょう)を肺に運び、肺から体外に呼吸により排出しています。
2007年02月19日 市川佳幸